「イエス様と共に行く」 ルカの福音書18章31〜34節
本日の本文は、イエス様の受難の予告の内容です。イエス様の受難の予告は3回出てきますが、その中で3回目になります。ところが、その話しを聞いていた弟子たちの反応は「何一つ分からなかった」ということでした。イエス様はご自分の受難について、弟子たちに3回も話しましたが、弟子たちはそれについて何一つ分からなかった、というのはどういうことでしょうか。本文に出てくる弟子たちの反応と、その弟子たちに対するイエス様のことの考えて見たいと思います。
先ず、イエス様は弟子たちに「さあ、これから、わたしたちはエルサレムに向かって行きます。」話されました。この時は、すでにエリコの町に近づいていまして、19章の後半では「宮に入られた」という表現がありまして、もうすぐエルサレムに入られるところでした。そしてそのエルサレムでイエス様を待っていたのは、十字架の苦しみであります。十字架の苦しみというのは、イエス様にとっても大変なことでありまして、ゲツセマネの園でのお祈りのお姿を考えて見ますと良く分かります。イエス様はそのことを覚えて弟子たちにこれからの事を真剣に話された思われます。そして以前の2回より、受難について詳しく話してくださることでした。
ところがそれを聞いていた弟子たちの反応は「何一つ分からなかった」ということでした。何故弟子たちは何一つ分からなかったのでしょうか。それは弟子たちが持っていたメイヤ像が正しくなかったからだと思います。それは、イエス様のことを政治的、軍事的メシヤだと思い、イエス様によりイスラエルが解放されると思っていました。ですから、幾らイエス様はご自分の受難について弟子たちに話されても、弟子たちはそのようなことは起こるはずがない、と思っていたことだと思います。しかし、このような弟子たちにイエス様は、エルサレムに共に行くことを話してくださいます。それは、将来、弟子たちが復活の証人として歩んで行くことを覚えてのことだと思います。そしてイエス様は、私たちにも共に行こうと話ししてくださいます。そのイエス様に励まされて証人としての道を歩んで行きたいと思います。
「わたしの食物とは」 ヨハネの福音書4章27〜34節
本日の本文は「このとき」と始まっていますが、それはイエス様とサマリヤの女性が話しをしているとき、ということです。エルサレムからガリラヤに行かれるイエス様は、サマリヤのスカルという町に着いたとき、ヤコブの井戸というところで休まれました。そのとき弟子たちは食物を買いに町に入った間に、イエス様はサマリヤの女性と話しをしておられましたが、そのとき、弟子たちが町から帰って来たことでした。
町から帰って来た弟子たちは、イエス様がサマリヤの女性と話しをしておられる姿を見て「不思議に思った」と書いてあります。新改訳2017では「驚いた」と翻訳していますが、当時は男女が会話をすることはタブー視されることでありまして、それもユダヤ人であるイエス様とサマリヤの女性を会話をするということは普通ではありませんでした。それで弟子たちは27節に書いてありますように「何を求めておられるのですか」とか「なぜ彼女と話しておられるのですか」とは言わなかったことでしたが、弟子たちにとっては驚くほど不思議な姿であったのです。
そして弟子たちはイエス様に食事を進めましたが、イエス様は弟子たちに「わたしには、あなたがたの知らない食物があります。」と言われました。それが理解出来ず互いに話ししている弟子たちにイエス様は「わたしを遣わした方のみこころを行ない、そのみわざを成し遂げることが、わたしの食物です。」と教えてくださいました。そしてヨハネ6:39によりますと、神様のみこころはイエス様に与えてくださったすべての者を、ひとりも失うことなく、ひとりひとりを終わりの日によみがえらせることです。ですから、イエス様がサマリヤの女性に福音を伝えてくださったことも、また彼女の話しを聞いて町から出てきた多くのサマリヤ人たちに福音を伝えたことも、また十字架の出来事も神様のみこころなのです。私たちもイエス様に学び、主の食物を求め、福音を宣べ伝えるものになりたいと思います。
「子どものように」 ルカの福音書18章15〜17節
ルカの福音書18章には色々はたとえ話とイエス様の教えが出てきます。1〜8節には不正な裁判官とやもめのたとえ話」、9〜14節には「パリサイ人と取税人のたとえ話」がありまして、本日の本文では神の国を受け入れる者についての教えが出てきます。そして本文以降ではある役人との会話とイエス様の3回目の受難予告が出てきます。非常に多様な内容と教えが与えられていますが、一つの共通点がありましたら、それは何でしょうか。それは当時のユダヤ人たちが持っていた常識をひっくり返すような教えであるということです。たとえ話や教えの結論は、その時、話しを聞いていた人々や弟子たちの考え方をひっくり反すものでありました。それから、神様との関係は当時のユダヤ人たちは弟子たちが持っていた考え方や基準とは違うということがわかります。
やもめの弱さや貧しさが、そして取税人の罪深さが神様との関係に悪い景況を与えることではありませんでした。かえって、私たちの目には道徳的に非常に正しく神様の律法を徹底的に守っていたパリサイ人の姿が神様との関係には全く役に立たないものでありました。それは本文においても同じことが言えるところです。人々は、イエスにさわっていただこうとして幼子たちをみもとに連れて来ました。その姿を見た弟子たちは「それをしかった。」と書いてあります。弟子たちが、何故しかったのかは書いてないもので正確にはわかりませんが、おそらく弟子たちはそれが相応しくないと思ったと思います。しかし、イエス様は弟子たちに「子どもたちをわたしのところに来させなさい。止めてはいけません。神の国は、このような者たちのものです。」と、そして「子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに、入ることはできません。」と語られました。この「子どものように」ということは、自分の弱さを覚えて神様に憐れみを求め、神様に頼り、神様を信頼することです。私たちも子どものように神様に信頼し、神様の教えに従って歩むものになりたいと思います。
「聖霊と信仰に満ちている者」 使徒の働き 11章19-26節
本日の本文は、アンテオケの教会の始まりと言われている箇所です。ペンテコステの後、エルサレム教会が始まりましたが、しかし使徒の働き10章までのエルサレム教会、又は福音伝道はユダヤ人を対象にしてエルサレムを中心として行なわれました。コルネリオに出会ったペテロは「ユダヤ人が外国人の仲間に入ったり、訪問したりすることは、律法にかなわない」と話しましたが、ユダヤ人にとって神様のみことばを異邦人に伝える、そして異邦人が救われるということは考えられないことでした。しかし、ペテロはコルネリオとの出会いを通して「どの国の人であっても、神を恐れかしこみ、正義を行なう人なら、神に受け入れられる。」と異邦人の救いについて新しく分かるようになりました。
そのような福音の広がりの中で、ルカはアンテオケの教会の始まりを「ステパノのことから起こった迫害によって散らされた人々は」と説明しています。使徒の働き7章でステパノが殉教し、エルサレムの教会に対する迫害は激しくなりました。それによって8章1節では、エルサレムの教会の信者たちがユダヤとサマリヤの諸地方に散らされたと書いてあります。そしてその時に散らされた信者たちは、もっと遠くへまで行きましたが、アンテオケまで至るようになったのです。そのアンテオケにキプロスとクレネ出身の信者たちも来るようになり、彼らはギリシャ語が話せることから、ギリシャ語を使う異邦人にも福音を伝えたのです。
その結果、大勢の人が信じて主に立ち返るようになりました。そしてこの知らせを聞いたエルサレムの教会は直ぐにバルナバをアンテオケに派遣しました。そのバルナバについてルカは「りっぱな人物で聖霊と信仰に満ちている人であった」と説明しています。彼は名前のように慰め深く良い人でした。そして聖霊に満ちていて伝道に熱心であり、信仰に満ちていて主の教えを守り実践する人でありました。私たちも聖霊と信仰に満ちていて証し出来る人生を生きて行きたいと思います。
「へりくだる者」 ルカの福音書18章9-14節
本日の本文では、1-8節までの不正な裁判官のたとえ話に続けて、パリサイ人と収税人のたとえ話をお話しくださいます。不正な裁判官のたとえ話でもそうでありましたが、イエス様はたとえ話を始められる前にたとえ話の対象についてはっきり教えてくださいます。9節をご覧になります「自分を義人だと自任し、他の人々を見下している者たちに対して」たとえ話に出て来るパリサイ人のことをもって教えてくださることです。ですから、本日の本文はパリサイ人への教えというより、パリサイ人のように「自分を義人だと自任し、他の人々を見下している者たち」への教えになります。
先ず、このたとえ話には二人が出て来ますが、パリサイ人と収税人です。そしてこの二人は祈るために宮に上りますが、最初にパリサイ人の祈りが、その後収税人の祈りが出て来ます。その中でパリサイ人はこう祈りました。「神よ。私はほかの人々のようにゆする者、不正な者、姦淫する者ではなく、ことにこの取税人のようではないことを、感謝します。」神様に感謝しますと祈りますが、その祈りの内容からは感謝のところか、他人と自分の事を比べて自分のことを誇り話しているだけでした。そして「私は週に二度断食し、自分の受けるものはみな、その十分の一をささげております。」と自分の行いをも誇っています。
一方、収税人の祈りはどうでしょうか。収税人は「遠く離れて立ち、目を天に向けようともせず、自分の胸をたたいて」こう祈りました。「神さま。こんな罪人の私をあわれんでください。」と。この収税人の祈りには他の人のことは出て来ません。只、神様の御前での自分のことを覚えて、神様の憐れみがなければ救われない罪人であることを告白し、神様に憐れみを求めているのです。神様の御前に立つ者として、へりくだって神様の憐れみを求めなければならない罪人であること。そのような私たちの罪を赦してくださり、義と認めてくださる神様を覚えて信仰の道を歩んで行きたいと思います。
「最も大切な選択」 イザヤ書8章1〜8節
本日の本文の内容は、南ユダのアハズ王の時の出来事です。イザヤ書7章1節によりますと、アハズ王の時、アラムと北イスラエルの連合軍が南ユダを攻撃して来ました。その時、南ユダは「王の心も民の心も、林の木々が風で揺らぐように動揺した」のです。その時に、神様はイザヤを通してアハズ王に励ましと力になるみことばを語って下さいましたが、しかしアハズ王は神様のみことばを拒みました。それでも神様はイザヤを通して「インマヌエル」と、神があなたがたとともにいてくださることをも語ってくださいました。しかしアハズ王は神様のみことばに従わず拒み、アッシリアに助けを求め頼りました。
そのような中で神様はもう一度イザヤを通して「マヘル・シャラル・ハシュ・バズ」ということを語ってくださいます。このことばは「分捕り品は速やかだ」、「戦利品は急速だ」なとの意味でありまして、アラムと北イスラエルがアッシリアによって滅ぼされることを教えてくださったことです。また、このことばをイザヤの息子の名前としてつけるようになされ、それは早くかつ確実に起こることをアハズ王や南ユダの人々に教えてくださったのです。これはこの世界の本当の支配者は神様であられることを教えてくださることです。強い国であったアッシリアさえも神様のみことば通りになる、それを通して南ユダがアッシリアにではなく、神様に戻ってくることを求めておられたことだと思います。
しかし、アハズ王は自分の愚かな選択を変えませんでした。6節以降をご覧になりますと「ゆるやかに流れるシロアハの水をないがしろにして」「あの強く水かさの多いユーフラの水」を選びました。「ゆるやかに流れるシロアハの水」とは神様の恵みや神様の助けを表し、「あの強く水かさの多いユーフラの水」とはアッシリアを表します。結局、アハズ王は神様のみことばをないがしろにしてアッシリアを選択し、アッシリアに頼るということです。私たちはどうでしょうか。いつも神様のみことばに従う道を選び、その道を喜び歩んでいることでしょうか。ゆるやかに流れるシロアハの水のような神様の恵みと覚え、神様の御心に従う道を選び歩み続ける者になりたいと思います。
「みな神様の前に出ている」 使徒の働き10章24〜35節
本日の本文は、使徒ペテロと百人隊長であるコルネリオとの出会いについてです。著者ルカはこの二人の出会いについて、使徒の働き10章を通して非常に詳しく説明しています。それほどユダヤ人であるペテロと異邦人であるコルネリオとの出会いは使徒の働きにおいては非常に重要な出来事であるためです。この二人の出会いにおいてはいくつかも不思議な出来事がありました。先ずは、コルネリオが祈りの中で幻を見るようになします。その幻の中でペテロを招きなさいと告げられますが、コルネリオはそのまま従いました。また、ペテロも幻を見ますが、天から大きな敷布のような入れ物が下りてきまして、それをほふって食べなさいと聞いたペテロでした。しかしペテロにとっては食べてはならないものが入ってありましたので、ペテロはそれを拒み、目を覚めてから幻の意味について思い惑っていました。
丁度、その時にコルネリオが送って人々はペテロのところにつきまして事情を説明して、その翌日ペテロと共にコルネリオの家に行きました。ペテロたちがコルネリオの家に着いてから見ますとコルネリオは親族や友人たちを呼び集めてペテロを待っていました。このようにしてペテロとコルネリオは出会うようになりますが、そこで私たちはこのふたりの謙遜な姿と神様のみことばに従う姿を学ぶことが出来ます。ローマの百人隊長のコルネリオがユダヤ人を招くことも普通ではないし、ユダヤ人のペテロが異邦人の招きに応じてその家に訪ねることも普通ではありません。ところが、二人は神様のみことばに従ったのです。それも二人はその目的は分からないことでしたが、それでも神様のみことばに従いました。
このような二人の従順な姿を神様は用いてくださり、ペテロには異邦人の救いについて、そしてコルネリオには福音を語ってくださったのです。私たちも神様のみ前に出ている者として、そのみことばに従い歩むことができるようになりたいと思います。
「御霊と知恵に満ちる」 使徒の働き6章1-7節
多くの人々は教会にはどんな問題もなく、大変なところもないと思いがちです。しかし、本当にそうでしょうか。そうではないと思います。この世にある教会はすべて問題が生じる可能性があります。何故なら、教会は人々が集まるからです。どんな人々でしょうか。神様の恵みによって救われて神様の子とされて変えられた人々ですが、依然として弱くて足りなくて罪深い人々であるからです。勿論、神様のみことばがあり、それを一生懸命学び、従い守ろうとしますが、全く問題が生じないとは言えないことだと思います。
そういう私たちが模範として学ぼうとする教会が、使徒の働きに出て来るエルサレム教会だと思います。そこに記されている教会こそ、御霊が力強く働いて下さり、それによって理想的な姿で成長して行ったと考えられるからだと思います。ところが、そのような考え方の中で注意しなければならないことがありますが、それは理想的な教会イコール問題が無い教会であると思ってしまうことです。エルサレム教会においても色々な問題はありました。しかしその問題によってエルサレム教会はより大きく成長して行くことが出来ました。
本日の本文ではエルサレム教会で分裂、又は対立という問題が生じたことを見ることができます。その時に使徒たちは、先ず自分たちがやるべきことに集中しました。弟子たちが増えるにつれて教会の働きも多くなって行きましたが、その中で使徒たちは「神のことばを後回しにして」いました。それに気付き、これからは「もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことに」しました。そして教会の増えた奉仕のために、新しい働き人を選ぶことにしたのです。それを喜んだ教会は7人の新しい働き人選びました。その結果、弟子たちの数は非常に増えて行き、多くの祭司たちも信じるようになりました。大変忙しい生活の中で、御霊と知恵に満たされて教会の働きを分担し、御言葉とお祈りを最優先にして教会の働きを、奉仕をともにやって行くものになりたいと思います。
「戻って来たひとり」 ルカの福音書17章11-19節
本日の本文は、イエス様がエルサレムに向かう途中、ガリラヤとサマリヤの境にある町で10人のツァラアトに冒された人々に出会い、彼らを癒して下さった出来事です。このツァラアトという病は、ユダヤ人においては最も恐ろしがる病気の中で一つでした。病の症状の悲惨さ、その苦しい姿もそうですが、この病は治すことが出来なく死に至る病気であったからです。それと共により大きな理由は、祭司によってツァラアトに冒されたと判明されますと、それ以上村の中で住むことは出来なくなり、家族とも離れて別のところで住まなければならなかったからです。一生涯、大変な病を持って、人々にも近付くことが出来ず、家族とも離れて苦しく生きて行かなければならなかったのです。
イエス様がある村に入りますと、ツァラアトに冒された人々が、遠く離れた所に立って、声を張り上げて、「イエスさま、先生。どうぞあわれんでください」と言いました。彼らは自分たちの病によってイエス様に近付くごとは出来ませんでしたが、イエス様に治して頂きたい、という強い願いを持っていたからです。その叫びを聞かれたイエス様は、彼らに「行きなさい。そして自分を祭司に見せなさい。」と仰いました。そしてそれを聞いた10人の人々は、イエス様のことばにそのまま従いました。そうしましたら、彼らが祭司に行く途中で、彼らはきよめられました。彼らの病気が綺麗に癒されたのです。
ところが、その癒された10人の中でひとりだけが、「自分のいやされたことがわかると、大声で神をほめたたえながら引き返して来てイエスの足もとにひれ伏して感謝した」のです。10人の中で、自分に与えられた恵みを覚えて、神様の御名を賛美し感謝をささげたのは、ただひとりだけでした。私たちはこの戻って来たひとりのように、神様からの恵みを覚えて、それを感謝しているでしょうか。神様が与えてくださった恵みを覚え、それを喜び、感謝をささげる者になりたいと思います。
「ザアカイの回心」 ルカの福音書19章1-10節
本日の本文はザアカイという人がイエス様に出会い、救われたという非常に有名な内容です。そのザアカイについて「収税人のかしらで、金持ちであった」と説明されています。当時、ユダヤはローマ帝国に支配されていて、収税人とはローマ帝国のために働く者でした。また、収税人は自分たちの分として定められている税金より多めに取り立てていまして、ユダヤ人からは嫌われ、罪人扱いされました。
そういうザアカイでしたが、彼はイエスがどんな方か見ようとしたのです。しかし、人々は多く集まっていて背が低かったザアカイはいちじく桑の木の上にのぼりました。ところが、イエス様がちょうどその下を通ろうとする時、イエス様はザアカイの名前を呼んで下さり、彼に「急いで降りて来なさい。きょうは、あなたの家に泊まることにしてあるから」と仰って下さいました。初めて出会うイエス様が自分のことを知っておられ、自分の家に来られるということはどう考えて見ても不思議なことです。その話しを聞いたザアカイはいちじく桑の木から急いで降りて来て大喜びでイエス様を迎えました。そしてイエス様に自分の財産の半分を貧しい人々のために施し、自分がだまし取って物は四倍にして返しますと話しました。
収税人として生きて来たザアカイにとって、財産というものは最も大切なものでした。しかしイエス様に出会い、そのイエス様より今までは感じたことのない暖かさや親切さ、そして愛によってザアカイの心は満たされた事だと思います。それ故、自分の財産を他の人々のために使い、自分が正しく生きて行くために使うことにしたのです。そのようなザアカイについてイエス様は「きょう、救いがこの家に来ました」と仰って下さいました。そして「失われた人を捜して救うためにきたのです」と話してくださるのです。ですから、イエス様がザアカイにであったことはイエス様がザアカイを捜して下さり、彼を救うためにということでした。そしてその出来事が「きょう」実現されたのです。私たちをも救うために捜して下さった恵みを覚えて感謝し、喜びの中でイエス様の教えに従って生きて行きたいと思います。