礼拝メッセージ

12月18日(日) 礼拝メッゼージ要旨

 

「立派な信仰」               マタイの福音書15章21-28節
 本日の本文に出て来るひとりの女性は、ひどく悪霊に取りつかれた娘の母親です。マルコの福音書には「小さい娘」と記されています。まだ可愛い小さい娘が悪霊に取りつかれて苦しむ姿を見ることは、母親にとってそれ以上辛いことはないと思います。そんな彼女は、ある日、イエス様の噂を聞いて娘を癒してもらいたいという切実な願いをもつようになりました。そして、そのイエス様は近く来られた事を聞いた彼女はイエス様の所に行って「主よ。ダビデの子よ。私をあわれんでください。」と叫び始めました。
 この女性は「カナン人の女」と書かれていて、マルコの福音書には「ギリシャ人で、スロ・フェニキヤ生まれ」であると紹介されています。彼女は異邦人であるということです。そのような彼女の口から初めて出た言葉が「主よ。ダビデの子よ。」ということでした。「ダビデの子」とは、メシヤ、即ち、約束された救い主という意味です。彼女は異邦人でありますが、イエス様について良く分かっていたのです。そしてそのイエス様に自分の願いを叫び続いていたのです。
 ところが、イエス様はそのような彼女の切実な叫びに一言も答えられないでいました。また、そのような姿を見ていた弟子たちは困った顔でイエス様に何とかして下さるように、と話しをしました。その後のイエス様のお答は非常に冷たい言葉でありました。その後、母親は冷たくされて諦めるという事ではなく、今度はイエス様の前でひれ伏しながら「主よ。私を助けてください。」と言い始めました。このようにご自分の御前でひれ伏しながら助けを求めている母親に、イエス様は私たちの目を疑いたくなるようなことを言われます。それでもこの母親は諦めずに自分の弱さや貧しさを告白しながら、イエス様が恵みを与えてくださることを握り締めていました。
 時には苦しみの中に置かれるとことがあります。そんな中で本文の母親のように恵みを与えてくださる神様への信頼を握り締めて祈り続くものとなりたいと思います。

礼拝メッセージ要旨一覧はこちら