9月23日(日) 礼拝メッセージ要旨
「恵みの主の糧」 ルカの福音書9章12~17節
四つの福音書に記されている唯一の奇跡、「五つのパンと二匹の魚」で五千人もの人を満腹させた出来事は、飼い主のいない羊のような群衆(マルコ6:34)に深い憐れみのまなざしを向けておられる主イエスを描いております。主イエスはパンと魚を手に取り、祝福して群衆に分け与えられます。人が日毎の食物をいただくという行為は、人が生きるということと深く結びついています。ですから主イエスは食べるということを通して、ご自身のことを人々に知らせようとしておられるのです。その点に私たちの注意を向ける時に、ここで語られている「パンと魚」とは、主イエスご自身をあらわしていることに気付かされます。主イエスはヨハネの福音書6章で「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は、決して飢えることがなく」(ヨハネ6:35)と言われ、また「わたしは天から下って来た生けるパンです。だれでもこのパンを食べるなら、永遠に生きます。」(ヨハネ6:51)とご自身のことを語られました。さらに教会において「イエス・キリスト・神の子・救い主」のギリシャ語頭文字をつなげると「魚(イクトウス)」という文字になることから、魚はイエス・キリストをあらわす象徴として広く使われてきました。今私たちは豊かさの中に生きており、パンは有り余るほどですが、人の心や魂の飢えはかえってひどくなってきています。しかし主イエスのいますところには、必ずいのちのパンがあります。「主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。」(詩編23:1)私たちの全てにおいて、主が共に居て下さるならば乏しいことはありません。あふれる恵みの中に置かれているからです。主イエスは、「わたしのことばを食べて飽き足りよ。わたしの与える恵みで満ち足りよ。」と言ってくださるのです。