4月8日(日) イースター礼拝メッセージ要旨
「主イエスは今も生きておられる」 ヨハネの福音書21章1~14節
私たちの信仰と礼拝は、キリストが甦られたという、その事実を土台とするものです。その復活のキリストと弟子たちとの再会を描く、本日の箇所は、「この後、イエスはテベリヤの湖畔で、もう一度ご自分を弟子たちに現された」という書き出しで始まっております。「この後」とは、ヨハネ20章19節と26節に記されております復活のキリストと弟子たちの再会のことです。そして、今もう一度テベリヤ湖畔での再会というわけです。弟子たちはエルサレムで復活の主に、二度お会いして、それからガリラヤに戻ってきたのです。ここに一つ疑問が生じます。なぜ弟子たちはガリラヤ湖に戻ってしまったのでしょうか。なぜ復活のキリストにお会いした喜びに触発されて、新しく生きる力を与えられ、主イエスが命じられた通り(ヨハネ20:21)伝道のわざにすぐに突き進むことがなかったのでしょうか。彼らは失意のままガリラヤに帰ってきていたのです。使命を投げ捨て、信仰もどこかに置き忘れて、その日暮らしの漁師の生活に戻ってしまったのです。ヨハネ21章をそのように読み進みますと、弟子たちに一度失ってしまった伝道への意欲を取り戻すため、その信仰を立ち直らせ、復活の主が再び伝道の場へと押し出して下さる物語なのです。弟子たちの信仰再生の物語であり、それはまた、私たちの信仰の復活物語なのです。復活の主は、三つの言葉を通して、ペテロたちを信仰の復活へと導かれます。まず「子どもたちよ。食べる物がありませんね。」(ヨハネ21:5)主イエスは私たちの一番困っている所、日々の暮らしの悩み、問題にまず心砕かれるお方なのです。そして「舟の右側に網をおろしなさい。」(ヨハネ21:6)と言われます。主イエスの命令は、何か特別な事をお命じになりません。私たちがいつもしている日々の生活の中で、どこかあきらめたり、おろそかになっていることを、きちんと立て直し、整えるべきものをお示しになり、導かれます。「いつもの通り祈り続けなさい。」「信仰に従いなさい。」「奉仕を続けなさい。」ただそれだけなのです。そして弟子たちを招かれます。「さあ来て、朝の食事をしなさい。」(ヨハネ21:12)すでに復活の主イエスのもとには、パンと魚が用意されております。(ヨハネ21:9)主イエスのもとでのパンと魚の食事、それは聖餐式を含む礼拝の場です。虚しいテベリヤの湖畔が聖なる礼拝の場と変えられているのです。魚は「それほど多かったけれども、網は破れなかった。」(ヨハネ21:11)とあります。神の恵みの網は決して破れることがありません。どんなにあなたの罪が重く、悲しみが深く、失望が大きくても、神の恵みは破れることはありません。主イエスは今、生きておられる。テベリヤ湖に陽光が輝き始めたあの朝、復活の主はその岸辺に立たれました。そしてあなたの朝毎に迎える新たな一日の岸辺にも、復活の主は立ち続けて下さるのです。「あれは主だ!」という喜びの確かさの中に生きましょう。