5月28日(日) 礼拝メッセージ要旨
「破れ口に立つ人」 詩篇106篇23節
鈴鹿キリスト教会 片岡由明牧師
序:地球の南極の上空にポッカリと見えない穴が開いている。オゾンホールである。地球の破れ口と言えよう。今回は旧約時代の「破れ口」というたとえを学ぶ。
1、破れ口に立つモーセ 「それゆえ神は『彼らを滅ぼす』と言われた。もし神に選ばれた人モーセが、滅ぼそうとする激しい憤りを避けるために、御前の破れ口に立たなかったなら、どうなっていたことか」(詩篇106:23)。旧約時代の「荒野の教会」にも破れ口は存在。イスラエルの民は出エジプト後、シナイ半島で金の子牛像を造り、偶像礼拝の罪を犯した。霊的「破れ口」。神は民を滅亡させようとされたが、神の人モーセが「とりなし役」となり、自分の生命を懸けてその「破れ口」を塞ごうと祈った。
2、破れ口に立つ人の不在 「私がこの国の為に、私の前で石垣を築き、破れ口を修理する者を彼らの間に探し求めたが、見つからなかった」(エゼキエル22:30)。時代は進み、エゼキエルの時には、破れ口は存在しても、破れ口を修理する人物が不在だった。
破れ口を防ぐには、レンガや石材・木材ではなく「人材」が必要。破れ口を造るのも人なら、破れ口を防ぐのも人である。神の人の熱き祈りや、修繕しようとするキリスト者のマンパワーが必要。
3、破れ口をふさぐ主 キリストと12弟子達がつくる「初代教会」には破れ口が存在しただろうか? 破れ口をつくる者が二人もいた。ユダとペテロである。彼等はキリストを否み、かつ裏切った。ユダはキリストを売り渡し、ペテロはキリストを知らないと否定した。
この破れ口に対して、主は未然に防ぐ行動に出た。ペテロに対して「私は、あなたの信仰がなくならないように、あなたの為に祈りました。だからあなたは立ち直ったら、兄弟を力づけてやりなさい」(ルカ22:32)と祈った。また、ユダに対しては「友よ」(マタイ26:50)と呼びかけ、最後まで悔い改めに導こうとされた。主は必死になり、破れ口を修繕する努力をみせた。