2月21日(日) 礼拝メッセージ要旨
「聖霊に満たされる」 エペソ人への手紙5章18-21節
前回は「賢い人のように歩む」ことについて学びました。神様が聖書を通して私たちに教えて下さることを良く悟り、それを正しく守り行なうことが勧められていました。しかしそのように教えられて生きて行く私たちの生き方はどうでしょうか。聖書を読んでみことばを正しく学び深く理解したとしても、その通りに歩んで行くというのは、本当に難しいと思います。確かに、聖書を通して教えられたことを心に覚えてそれに従って歩んで行こうしますが、中々そのように歩んで行けない自分の姿を見る時があると思います。そのような私たちに本日の聖書は「聖霊に満たされなさい。」と教えています。
先ず「酒によってはいけない。そこには放蕩があるから」と書かれていますが、「酒に酔う」こととは何でしょうか。それは酒にびっしょり濡れている状態であって、酒の影響力によって自分自身を良くコントロールできない状態のことです。それによって自分の意志とは関係なく肉の欲に従って行なうようになります。そしてそのように酒に酔っている状態に「放蕩がある」とパウロは言います。「放蕩」とは、放蕩息子の例え話で良く説明されているように、息子が父親のそばから離れて自分勝手な生活をすることです。特にルカの福音書では「遠い国に旅立って」と書かれていますが、息子が父親の元から意識的に離れて父親を忘れて生きている状態のことです。ですから酒に酔うということは酒に支配されてしまうことなので、神様から離れて放蕩することになるのです。
それに対してパウロは「聖霊に満たされなさい。」と語ります。聖霊はクリスチャンに神様について、イエス様について教えて下さいます。その聖霊に満たされて導いて下さるまま歩むなら、クリスチャンは神様に親しく近付くことが出来るのです。神様から離れて自分勝手に生きて行くことではなく、聖霊に満たされてその導きに従って、神様のみこころのままに歩んで行く者になりたいと思います。