12月25日(日) 礼拝メッセージ要旨
「その名はイエス」 マタイの福音書1章18節~25節
今日でも赤ん坊の誕生と命名は、人生における重大な出来事の一つです。親は子に対する期待、夢、希望を持って名前を決めます。では我々の救い主には、どのような名前がつけられたのでしょうか。ヨセフは赤ん坊に「イエス」と名づけました。その名前は、ヨセフが主の使いから与えられた特別な命令によってつけた名前でした。しかしこの名前には、非常に興味深いものがあります。 (一)「イエス」という名前は、これは非常にありふれた名前であったということです。この名前はユダヤ人の家庭では、ざらにみられた名前でした。というのも「イエス」という名は、へブル名の「ヨシュア」を、ギリシャ語のかたちで言い表す名前でした。当時のユダヤ教会では、「ヨシュア」「イエス」と名づけられた男の子が大勢いたのです。このように神はごくごく平凡な名前を選ばれたのです。しかし一体なぜ、この名前はそれほど広まっていたのでしょうか。それは旧約時代の歴史と最初にこの名前を授けられた指導者ヨシュアと深く結びついていたからです。彼の名はもともと「ホセア」または「ホシェア」でした。それをモーセが「ヨシュア」と名づけたのです。(民数記13章16節)「エホバ」と「ホシェア」という二つの名前を織り合せて、彼を「ヨシュア」と名づけたのです。「エホバは救う」を意味する名前です。この「ヨシュア」がイスラエルの民を、約束の地に導きいれました。神はこの過去の偉大な指導者の名前をとって、今生まれた幼子にお与えになられたのです。 (二)次にこの名前が与えられた理由についてです。「その名をイエスとつけなさい。この方こそご自分の民をその罪から救ってくださる方です」(21節)この言葉は、偉大な名前を最初につけられた「ヨシュア」との対比で語られているのです。ヨシュアはイスラエルの民を約束の地に導き入れることはできたが、彼らに安息、救いを与えることはできませんでした。だから、ヨシュアと同じ名前を与えられた、真の救い主が私達に与えられる必要があったのです。この新たに誕生しイエスと名づけられたこの方こそ、罪から、またその結果の滅びから救って下さる方なのです。彼は招かれます「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます」(マタイ11章28節)これは彼が全ての人に向かって発した招きの言葉です。そしてこの招きに応え、彼のもとに来た人々を休ませ、永遠の安息に導き入れられるのです。イエスはその使命を果たすために歴史の中心に立たれた。それがクリスマスなのです。イエスと名づけられた赤ん坊の誕生という出来事は時の中心となり、世界の歴史はこの出来事によって、二つに分けられたのです。願わくは、神が私たちにこの御名の福音を聞かせてくださいますように。