11月2日(日) 礼拝メッセージ要旨
「明日のための準備」 ルカの福音書16章1-8節
本日の例え話には一人の管理人が登場します。管理人とは、主人の代わりに主人の財産を良く管理するようにと任せられた者なのです。しかし、本文に登場する管理人は主人の財産を乱費しました。そして彼はその仕事に誠実ではなかったし、自分に任せられた仕事に怠けたのです。彼は管理人であったにも関わらず、主人の財産を乱費し、主人の財産に損害を与えました。そして、主人も彼を「不正な管理人」と呼びました。ところが、本文の最後を見ますと、主人は彼について「こうも抜け目なくやったのをほめた。」と書いてあります。確かに不正な管理人でありますが、彼には主人に誉められるところがあったのです。それは何か、共に考えて見たいと思います。
まず、この管理人は、自分は主人ではなく管理人に過ぎないということが分かりました。ある時は、管理人として主人のようなぶりをしましたが、もはやそうすることができなくなったということが分かったのです。私にも主人がいて、私の人生の主人は私ではなく、私はその管理人に過ぎないという事を悟ることが幸いであると思います。私の人生の主人は神様であり、私はその管理人であるという事を覚えたいと思います。
そして、この管理人は自分に残っている時間を、将来を準備するために使いました。悪い管理人でしたが、自分の将来を準備する姿は抜け目なくやったのです。そのような姿を見た主人は、彼を抜け目なくやったと誉めたのです。まだ、自分に何か準備出来る時に、将来のことを準備したことに対して主人は誉めたのだと思います。
今日の例え話の管理人は私たちの姿だと言えるでしょう。そして、私たちに与えられたものは人生なのです。私たちは人生を通して、私たちの生活を豊かにする事とともに、神様の栄光を現わし、そのお方を喜ぶ人生を生きて行かなければなりません。私たちは神様の管理人であるという事を覚えて、神様の前でへりくだって、将来を準備する者になりたいと思います。